【国宝カックウ】ライカ北紀行 ―函館― 第72回

ある日のこと、ひとりの主婦がじゃがいも畑で鋤(すき)をいれるとガチっと何かにあたった。泥をおとすと人間のような目と鼻があらわれた。腰をぬかすほどびっくり。家族に見せると、これ、土偶みたい、と。掘りだしたのは、小板アエさん。

函館市街からクルマで40分ほど、昆布の里で知られる南茅部(みなみかやべ)地区。太平洋をのぞみ、豊かな自然にめぐまれている。およそ3500年まえ、縄文後期の世、縄文人がマグロを獲り、鹿を狩り、栗の実をとって暮らしていた。いまは、その遺跡があちらこちらにある。1975年、そのうちのひとつ、著保内野(ちょぼないの)遺跡から中空土偶が姿をあらわした。

発掘から重要文化財、さらに北海道唯一の国宝となるまで30年あまり。旧南茅部町役場の収入役の金庫に保管され、金庫(禁錮)30年との冗談も。南茅部の「茅」と中空土偶の「空」をあわせて「茅空(カックウ)」と親しまれている。

いま、カックウは、南茅部の函館市縄文文化交流センターの一室、暗闇のなかでしずかに佇(たたず)んでいる。月の明りに見たてた照明で、縄文人が見たであろう情景を再現している。ここでカックウは、自分がなれ親しんでいた、満天の星空のもと、月明りしかない縄文の時をおくっている。

カックウと対面しても、男なのか、女なのか。よく分からない。顔は少々いかついが、下半身にはふくらみがある。どちらかといえば女。全体のフォルムは優美。やはり、縄文のヴィーナスか。

さらに、もうひとつの見どころは、「足形付土版(あしがたつきどばん)」。親が幼児や子どもの足形や手形をかたどった粘土で、死んだ子どもの形見として、あるいは親が先立った時にその子どもの思い出の品として、親とともに埋葬されたという。子を思う親の気持ちはいつの世も変わらない。

"子どもの足型を刻印した足形付土版。函館市縄文文化交流センター(2021)
子どもの足型を刻印した足形付土版。函館市縄文文化交流センター(2021)

国宝となったカックウは、2008年、洞爺湖湖畔で開催されたG8サミットでもお披露目され、親善大使をつとめた。また、英国の大英博物館、米国のスミソニアン博物館など海外への出張にもかりだされた。

"国宝の中空土偶(カックウ)。函館市縄文文化交流センター(2021)
国宝の中空土偶(カックウ)。函館市縄文文化交流センター(2021)

2021年7月、南茅部の垣ノ島(かきのしま)、大船(おおふね)遺跡が北海道・北東北の縄文遺跡群として世界文化遺産となった。ただ、世界遺産の対象は有形の不動産で、出土品は登録の対象外のため、カックウは、世界遺産から外れた。
国宝カックウは、そんな小さなことと笑いとばし、縄文文化発信の先頭にたっている。

大船遺跡敷地内に復元した竪穴式住居(2021)
大船遺跡敷地内に復元した竪穴式住居(2021)

●道案内
函館市縄文文化交流センター 函館市街から車で60分(地図へ

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