伊野孝行『オトナの一休さん』:大徳寺真珠庵「襖絵プロジェクト」絵師紹介(6)
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最大限の集中で臨んだ「オトナの一休さん」
「襖絵プロジェクト」に参加した6人の絵師の中で、一休さんと向き合った時間が最も長いのがイラストレーターの伊野孝行さんではないだろうか。2016~17年にかけてEテレで放送された5分間アニメ番組「オトナの一休さん」全26話の全ての絵を、アシスタントも使わずにたった1人で描ききった。枚数にして740枚。多くの日本人が抱いている「かわいらしい頓智小僧」のイメージを打ち壊し、無精ひげを生やした胡散臭い風体で毒を吐き、戒律を破り、破天荒の限りを尽くした一休宗純の実像を、コミカルかつリアルに伝えた。
番組スタッフの誘いで参加した座禅会で真珠庵の山田住職と知り合い、襖絵の制作を依頼された。まさに、一休さんの引き合わせとしか言いようがない。
担当したのは方丈「大書院」の5枚の襖。晩年の愛人であった盲目の美女・森女(しんじょ)や弟子たちに囲まれて、マイクを握り熱唱する一休さん。その脇には、番組のテーマソングの下敷きとなった、一休作の漢詩が添えられている。「女郎屋と酒屋に入り浸る破戒僧だ。なんか文句あるか?」と開き直るような内容だ。離れた林の中から、一休とは対照的なマジメな兄弟子の養叟宗頤(ようそうそうい)とその取り巻きたちが恨めし気に宴の様子を見守っている。ふざけているようでいて、人間社会の縮図のようにも見えてくる。
他の絵師たちが数カ月に渡って真珠庵に寝泊まりしたり、何度も通ったりして制作する中で、伊野さんは、風のように真珠庵にやってきて、2泊3日で一気に描き、あっという間に去っていった。住職もさぞや拍子抜けしたに違いないが、伊野さんにとっては、2年間に渡る作画の総仕上げとして、最大限の集中で臨んだ、「オトナの一休さん」だ。普段、描くサイズとは全く異なる襖に描いてみて感じたのは、先人・長谷川等伯の偉大さだという。何気なく見えた等伯の木や岩の描写が、力強く、緊張感に満ちていることがひしひしと伝わってきたそうだ。それでも、伊野さんが目指すのは緊張感でも、力強さでもない。
手抜かりなく「手を抜く」
イラストレーターを志したのは、「落書きの延長で描けそう」という軽い気持ちだった。しかし、仕事の依頼はなかなか来ない。食い扶持を稼ぐため、40歳を過ぎるまで神田神保町の喫茶店でアルバイトしながらの生活だった。
それでも、「一生このままで終わるかもしれないけど、絵にしがみついてるより他にないしなあ」と、コーヒーを運びながら、ぼんやりそう悟ったという。聞き手である筆者としては、その後、がむしゃらになって成功をつかみ取った物語を期待したのだが…諦めに似た現実への悟りが功を奏したのか、自然と肩の力を抜いて創作と向き合えるようになり、気が付けば、イラストレーターの仕事だけで食べていけるようになっていたそうだ。
いまや、書籍の装画、雑誌の挿絵、アニメーションの作画と引っ張りだこだが、売れずに苦労した日々に愛着をもって「あの頃はあの頃で結構ハリのある生活だったなあ」と懐かしそうに振り返る様子は、伊野さんの作風そのものだ。
伊野さんの作品は、「野心」や「野望」といった言葉とはできるだけ遠く離れた空間にあろうとしているように思える。気の抜けた世界で、気の抜けた瞬間を、これまた気の抜けた感じで優しく、しかしピリ辛調に描く。「こっけい美」と称する伊野さんの作風は、手抜かりなく手を抜くことへのストイックさがあるように感じた。
「可もなく、不可もない」と自ら評する、集大成としての襖絵。特別公開でやってくる人には、「寝転んで眺めるくらいの気分で見てほしい」そうだ。肩の力を抜いて、ありのままで。それは、何者からも縛られることなく奔放に生きた一休さんからのメッセージなのかもしれない。
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写真=浅野 敏(襖絵)
大徳寺真珠庵 特別公開
- 住所:京都府京都市北区紫野大徳寺町52
- 拝観期間:2018年9月1日~12月16日 ※10月19日~21日は休止日
- 拝観時間:午前9時30分~午後4時(受付終了)
- 拝観料:大人1200円、中高生600円、小学生以下無料(保護者同伴) ※未就学児は書院「通僊院」と茶室「庭玉軒」の見学は不可
- アクセス:「京都駅」から地下鉄烏丸線に乗り、「北大路」で下車。「北大路バスターミナル」から市バス1・101・102・204・205・206系統で「大徳寺前」下車し、徒歩約7分。(所要時間:約35分)
- 「大徳寺真珠庵 特別公開」公式ホームページ
- 京都真珠庵クラウドファンディング