【著者インタビュー】新刊『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』で問い直す戦後日本と台湾-ジャーナリスト・野嶋剛
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野嶋 剛 NOJIMA Tsuyoshi
ジャーナリスト。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。1992年、朝日新聞入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長等を歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。2017年8月よりニッポンドットコム・シニアエディター。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)等。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛
タイワニーズの「強さ」に敬意を表して
手嶋 本書では、政治家の蓮舫さん、作家の東山彰良さん、エコノミストのリチャード・クーさん、歌手のジュディ・オングさんまで、とても多様な人々が登場します。タイトルは「タイワニーズ」。ここにどんな狙いを込めたのでしょうか。
野嶋 本書に登場する人の中には、両親とも台湾出身者でありながら、台湾に居場所を失って日本で生きるしか道がなかった人もいます。国籍が何度も変転した人もいる。日台の両親の間に生まれた日台ハーフもいます。「台湾人」「中華民国人」「日本人」「日本国民」といった固定観念の枠では捉えきれない人たちばかりです。
一般的に、こうした呼称は国家や国民の定義を含めた政治問題に結び付けられがちです。しかし、私が本書でアピールしたかったのは、台湾の人々の流動性や無国籍性ゆえの「強さ」でした。ですから、「タイワニーズ」というカタカナ表記によって、境界線を曖昧にし、できるだけ読み手にも受け入れられやすい工夫をしてみました。一方でサブタイトルでは明確に彼らを「故郷喪失者」と位置付けることにしました。
本書に通底するのは、タイワニーズへの尊敬です。台湾の人々には国を失い、故郷を失っても、生き抜いていくたくましさがある。これは日本人にはないものです。それでいて、ある種の明るさ、楽天性を失わない。そんな台湾の人々は素直にすごいと思います。
日本、台湾、中国の近代史に深く関係するタイワニーズらのファミリーヒストリー
手嶋 この本で描かれている人たちは知名度がある人が多いですが、その中で、意外感を持って読ませていただいたのは女優の余貴美子さんのところですね。彼女と客家(はっか)との関係がこれだけ深いというのが新鮮でした。
野嶋 私も取材で驚いた部分でした。彼女自身が台湾出身であること、客家であることを、あまり意識しないで芸能活動を続けてきたことも関係しています。「余」という日本人的ではない特別な姓から、海外出身者であることは誰の目にも分かるのですが、それ以上の彼女と台湾を結びつける情報はほとんど流れていませんでした。
余貴美子さんは数年前に祖父の出身地である台北近郊・桃園の客家の人々との交流が始まり、客家アイデンティティ意識が高まったようです。地元の余姓の方々が彼女の一族を見つけ出したそうです。客家は特に同姓の結束が固いのです。余貴美子さんは、中国語も客家語も話せませんが、いまも中華民国籍を保持しています。
彼女の言葉に「自分は日本人や台湾人というより、客家です」と強く語ったところがありました。この認識こそ、タイワニーズではないかと思います。取材したタイワニーズの中には「日本人でもなく、台湾人でもない」、あるいは「その両方である」という認識を語った人が少なからずいました。これこそ故郷喪失者の感受性です。決してネガティブなものではなく、故郷がないから強い、と言うこともできます。
手嶋 客家の中には、中国の鄧小平氏やシンガポールのリー・クアンユー氏など世界的な指導者になった人も少なくない。
野嶋 中国革命の父・孫文もそうですし、台湾の李登輝さんや蔡英文さんにも客家の血が流れていると言われますね。客家は、漢民族の中の「少数民族」のような存在です。「流浪の民」などと呼ばれ、苦労を重ねた歴史があり、刻苦勤労の価値観が強い人々です。私が特に関心を持ったのは、客家の「硬頸」という言葉です。「首が硬い」から転じて、「頑固で意志を曲げない」という価値観を示す言葉になっています。余貴美子さんの女優としての演技は、とても太くて、しっかりしていて、大地の匂いがします。短いセリフにもパワーと存在感がある。だから日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を3度も獲得できたのでしょう。その背後には客家のこうした特性があるというのが、余貴美子さんの取材を通してたどりついた彼女の演技に対する私の解釈になりました。
手嶋 同じ芸能人としては、ジュディ・オングさんの一族はまさに華麗なる一族といいましょうか、中国と台湾と日本の近代史を体現したような一家なのですね。
野嶋 そこにも日本人ならば驚くような話がありました。ジュディさんの中国名は翁倩玉ですが、祖父は翁俊明さんという方で、日本統治下の台湾で医師になったエリートなのですが、愛国主義者であり、孫文の信奉者でした。孫文を押しのけて革命の成果を独り占めしようとした袁世凱を暗殺するため、コレラ菌を片手に北京に潜入したツワモノでした。彼自身も日中戦争中に何者かに毒殺されます。この時、翁俊明さんと一緒に暗殺計画に関わったのが、毒物の専門家で杜聡明という台湾人です。彼の息子も毒物の専門家になった米コロラド大学名誉教授のアンソニー・トゥー氏で、オウム真理教事件の時にサリンの検出方法を警視庁に伝授して日本人の命を救った功績があります。東アジアの歴史は時空を超えて、つながっていると実感させられます。
ヒューマンストーリーから改めて日本と台湾の関係を問う
手嶋 野嶋さんは台湾関係の著作を通して、日本の戦後を問い直すような作業を行っているようにお見受けします。その意味で、今回「タイワニーズ」という著作で取り上げた人々もまさに日本の戦後をつくり上げた人々ですね。
野嶋 戦後の日本においては、台湾問題というのはともすれば中国問題、朝鮮半島問題の影に隠れがちでした。しかし、日本の近代は日清戦争と同時に対外進出の道が開け、そのスタートが台湾領有だったのです。日本が台湾を統治した歴史は朝鮮半島より15年も長いのです。それなのに、植民地の問題が語られる時、朝鮮半島よりも台湾が取り上げられる頻度が少ない。植民地=日本の歴史責任という観点からは、いささかそぐわない議論になってしまう材料が少なくない台湾は扱いにくかったからです。
しかし、われわれが台湾抜きに日本の近代を語ることは可能かといえば、そうではありません。台湾の人々が日本の統治をどう受け止めたのかは、日本の戦前の評価に欠かせないのです。もちろんそれはバラ色というものではなく、歴史の事実として功罪を問題ごとに客観的に評価して、日本人一人ひとりが考えればいいのです。加えて台湾は長く日中国交正常化による「日中友好」の影に隠れてきました。そんな日本と台湾の不正常な関係を、縁の下の力持ちのように支えてきたのが、タイワニーズの彼ら、彼女らなのです。私は前作「台湾とは何か」(ちくま新書)で、戦後日本で台湾がなぜ忘れられてしまったのかを、政治・歴史の面から構造的に分析しました。本作では、人間のストーリーを丁寧に描き出し、その生々しいリアリティの中から日本と台湾の関係を問い直そうとしています。
タイワニーズ 故郷喪失者の物語
野嶋 剛(著)
発行 小学館
四六版 320ページ
定価 1500円+税
彼らがいたから、強く、深くつながり続けた
戦前は「日本」であった台湾。戦後に「中国」になった台湾。1990年代の民主化後に自立を目指す台湾。戦争、統治、冷戦。常に時代の風雨にさらされ続けた日本と台湾との関係だが、深いところでつながっていることができた。それはなぜか。台湾と日本との間を渡り歩いて「結節点」の役割を果たす、多様な台湾出身者の存在があったからである――まえがきより
台湾をルーツに持ち、日本で暮らす在日台湾人=タイワニーズたち。元朝日新聞台北支局長の筆者が、彼らの肖像を描き、来歴をたどりながら、戦後日本の裏面史をも照らす。