酒米の王様「山田錦」
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「大粒・心白・低タンパク」
日本酒の原料は主に玄米と水。米は日常的に食べる食用米も使われるが、良質な日本酒を造る場合は、醸造用に栽培された専用米が使用されている。酒造りに適した「酒造好適米」(酒米)と呼ばれ、一般の米と区別されている。醸造用玄米の主な成分は炭水化物(主にデンプン質、約72%)、水分(約15%)、タンパク質(約8%)、脂肪(約2%)。
酒米の主な特徴は3点だ。
- 大粒であること
- 中心部に白色不透明な「心白」(しんぱく)があること
- タンパク質が少ないこと
酒造りの最初の工程では、米の表面を磨いてタンパク質や脂肪を削り落とす「精米」が行われる。削られた粉がぬかだ。食用米は約8%のぬかを取り除くが、酒米の場合は、平均33%(国税庁)。高級酒といわれる吟醸酒では最低40%削り、大吟醸酒では50%以上も削る。実にぜいたくな造りだ。
コストと時間を掛けた吟醸酒
コストや時間をかけても高精米(削る割合を高める)するのは、玄米の表面にある糊粉層などに多く含まれるタンパク質を極力除きたいからだ。タンパク質が多過ぎると、酒に苦味や「雑味」(きたない味、不快な味、荒さを与える味など)をもたらすといわれる。大粒が好まれるのは精米するときに表面を大きく削り取るため、大粒のほうが削りやすいからだ。
普通の食用米の米粒は、デンプンがぎっしり詰まり、水晶のように全体が透明になっている。しかし、酒米の中心部にはデンプンの中にすき間があるため、光が屈折して曇って見える。それが「心白」だ。日本酒は、同じ醸造酒でもワインと違って、デンプンを分解して糖化させる工程が必要だが、心白があれば、菌糸がその内部に入って繁殖しやすく、糖化が進む。心白のある酒米が酒造りに適している理由だ。
とりわけ大吟醸酒はこのように大粒、心白、低タンパクの酒米を使い、コストと時間を掛けて極限にまで磨き込んで造られる。そうした造りの中から、芳醇な香りと端麗な味が生まれてくる。日本酒の芸術品といわれるゆえんだ。
鑑評会出品酒の8割が山田錦を使用
良質な酒米の条件をすべて備えているのが山田錦。酒米には五百万石や美山錦など100品種以上あるが、山田錦は酒米の王者として命名以来ほぼ80年にわたって君臨している。
日本酒の酒質・製造技術向上のため、全国新酒鑑評会(独立行政法人・酒類総合研究所主催)が毎年開催されている。ここに出品される酒の原料米としてどの品種が一番多く使われているかが酒米人気度の物差しになるが、2012年産の場合、山田錦を100%使用した酒が出品全体の8割以上を占めた。それも、大半が兵庫県産の山田錦を使っていた。この傾向は今年も変わっていない。
山田錦は1923年、兵庫県立農事試験場(現兵庫県立農林水産技術総合センター)で、山田穂(やまだぼ)と短稈渡船(たんかんわたりぶね)の2つの品種を交配させて誕生し、1936年に「山田錦」と命名された。現在では福岡、徳島、岡山など全国33府県(14年産)でも生産されるが、全国新酒鑑評会の金賞は兵庫県産山田錦を使った酒がほぼ独占しており、醸造家の圧倒的な支持を得ている。
14年産は前年比3割増
農水省の農産物検査結果によると、2014年産山田錦の検査数量(15 年3月31日現在)は2万9577トン(1俵=60キロ換算で約49万3000俵)で、前年産(2万3081トン)より28%も増加した。12年産(2万1217トン)比では39%増。生産量は右肩上がりだ。
14年産の生産量が最も多いのは発祥地である兵庫県の2万1036トン。全国シェアは71%を占めた。以下岡山県(2358トン)、福岡県(1034トン)、徳島県(647トン)、滋賀県(563トン)と、産地は西日本が中心だ。
14年産の醸造用玄米(酒造好適米)の産地品種銘柄は全国で102あり、山田錦が検査数量でトップの33.3%を占めている。2位は五百万石(主産地・新潟県)の24.7%、3位は美山錦(同長野県)の8.7%。
和食ブームで需要急拡大
この山田錦を取り巻く環境がここへきて大きく変わってきている。国内での吟醸酒人気に加え、海外での和食ブームに伴う高級日本酒輸出の急増で、山田錦に対する需要も拡大の一途。供給が需要に追いつかない。
山田錦は他の稲と比べて背が高く、秋に稲穂が垂れてくると倒伏しやすいのが難点。台風の直撃を受ければ全滅することもある。これまでは農家が栽培に消極的だった上、酒米は主食用米の生産数量目標に組み込まれていて、増産は困難だった。しかし、政府はここへきて方針を転換。14年産米から酒造メーカーの生産増に対応した酒米は、生産数量目標を超えて増産することを認めた。アベノミクスで日本酒が輸出戦略商品になったためだ。
山田錦の最適産地は兵庫県・六甲山の裏側から三木市、加東市に至る、いわゆる北播磨地域。温暖気候、中山間盆地、粘土質土壌などの自然条件が整っていたからだ。
しかし需要拡大を機に、山田錦栽培の取り組みは日本各地に広がっている。食用米より価格が安定していることもあって農家の栽培意欲も向上。既存の山田錦農家が増産に動く一方、新規参入も相次いでいる。山田錦の人気はまだまだ続きそうだ。
文・長澤 孝昭(編集部)
バナー写真:黄金色に実った山田錦の稲穂(JA全農兵庫提供)