結婚支援でも成果出すビッグデータ:「えひめ方式」とは?
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150万件の行動履歴を解析して活用
JR松山駅そばにあるえひめ結婚支援センター。記者が取材した数時間の間にも、次々と男女が訪れた。事務所の奥の部屋に設けられたブースにタブレット端末が置かれており、人目を気にすることなくお相手を検索できるのだ。
居住地域、年齢、身長など、自分の希望条件を入力してお相手を探す男性。出てきた女性を閲覧した後、あらためて画面右端の別のボタンをタッチした。「ビッグデータのおすすめの女性」。
すると、条件検索では出てこなかった数人の女性のデータが年齢などとともに示された。さらに「詳細」ボタンを押すと、女性の顔写真が出てきた。「会ってみたい」。男性の顔がほころんだ。
同センターは、2008年に愛媛県から委託を受けて結婚支援事業を開始した。11年から1対1でのお見合い支援「愛結び」を始め、15年3月、登録者のべ1万4000人の登録情報をはじめ、どんな条件でお相手を探したか、だれに見合いを申し込んだか、何回失敗したかなど150万件にものぼる行動履歴のビッグデータを解析し、活用を始めた。
断られてからが始まり。増える「お薦め」
これまで誕生した夫婦は計435組。当初の4年間では177組だったが、ビッグデータ活用後の3年足らずで258組と数字が上がり、「えひめ方式」として全国から注目されている。
ビッグデータの活用を発案した岩丸裕建・同センター事務局長によると、これまでに茨城県や徳島県など14県がシステムを導入したほか、昨年は28の自治体や地方議会が視察に訪れた。また、中国やベトナムなど海外メディアの取材も受けたという。
民間の結婚相談所や婚活サイトなどでは、自分で条件を設定して好みの相手を探してお見合いを申し込んだり、婚活パーティーに参加したり、出会いを仲介する「サポーター」が、条件や共通の趣味などをもとに異性を薦めてくる。
センターもパーティーを主催したり、お見合いしたい相手を条件で検索したりする点では同じだが、ビッグデータによるお見合い支援は何が違うのか。岩丸さんは、「お見合いは、普通は申し込みを断られたらそこで話はおしまいですが、われわれのシステムでは『断られてからが始まり』なんです。そして断られる回数が増えるほど、利用者とマッチする可能性のある異性を、より多くリコメンド(お薦め)できるのです」と語る。
「他人の行動履歴」で本領発揮
いったいどういうことか、一例を見てみよう。男性Aさんが、条件検索で出てきた女性Bさんを気に入り、お見合いを申し込んだが断られてしまった。普通は、ここで話はおしまい。「俺はやっぱり駄目なのか」。Aさんはやけ酒でも飲んでショックを癒すしかない。
だが、ビッグデータが本領を発揮するのはここから。Aさんがこういうタイプの女性を好んだというデータを蓄積しつつ、解析するのは「他人の行動履歴」だ。
まず、利用者たちの中からBさんにお見合いを申し込んだことがあるなど、Aさんと女性の好みのタイプが似ている男性たちを探し出してグループ化する。そしてその好みの似た男性たちが、過去にお見合いを申し込んだ女性たちが抽出され、「Aさんの好みかもしれない女性たち」として第1に「お薦め」される。
同時に、この女性たちのグループと好みの男性のタイプが似ている別の女性グループが抽出され、さらにその中から、先ほどの「Aさんと好みの似た男性グループ」を好む女性たちがピックアップされる。この女性たちが「Aさんを好むかもしれない女性」として「お薦め」される。
ビッグデータはおせっかいな友達役
アマゾンなどのネット通販には、「この商品を買った人はこんな商品も見ています」というリコメンド機能があり、それに似た仕組みとも言えるが、人間の交際というのは双方の気持ちが合わないと成立しない。だからこそ、検索条件とは合わないものの「好みかもしれない」だけではなく、「好まれるかもしれない異性」を探し出してくれる点が強みとなる。お見合いを申し込んで失敗すればするほど、その人の好みがデータとして蓄積され、より多くの異性が「お薦め」される仕組みだ。
「民間の結婚相談所は、利用者の条件にあったより良い人を探すというのが主な使命だと思います。それで評判を上げて、利益を上げるわけですよね。われわれのビッグデータの活用の意義は、条件と合わない人とどう結びつけるか、という点。そこが民間との最大の違いです。『あの人たちはどう? あなたの条件と違うところはあるけど、もしかしてタイプなのでは?』と、ビッグデータがおせっかいな友達の役割を担ってくれるのです」(岩丸さん)
なぜ、条件と合わない人とわざわざ結びつけるのか。実はこの考え方も、ビッグデータの解析で分かった事実から導き出されたものだ。
センターの結婚支援は、ビッグデータ活用が導入される前も一定の成果があった。しかし、結婚支援に税金を投入することへ批判の声もあり、さらなる努力が求められていた。実際、登録者の中には3年間お見合いを申し込み続けたが、一度も受けてもらえない男性など、「婚活疲れ」を起こしてあきらめかけている登録者も多くいたという。
「条件検索」には明らかな弱点
お見合いを申し込んで受けてもらえる確率は、ビッグデータ活用前で男性が6%、女性は13%と低かった。ただ、お見合いをした男女のほぼ半数は交際に発展していた。お見合いまで行くと、腕利きのボランティアサポーターが2人の間を取り持つという強みもあった。
「つまり、いかにお見合いまでたどり着けるかが鍵だったのです。失敗を続ける人たちはどうしてお見合いに至らないのか、データの分析によって答えやヒントを得ることができれば、成婚率が上がるのではないか。また、婚活に疲れた人たちに再チャレンジする意欲を持ってもらえるのではないかと考えました」(岩丸さん)
「アルゴリズム」研究の専門家である国立情報学研究所の宇野毅明教授に、利用者の個人情報を除いた上で行動データ分析を依頼したところ、お見合いにたどりつけない男女にはある致命的な「特徴」が判明した。何度失敗しても、相手の検索条件を変えない、という事実だった。
異性の好みは誰にでもあるし、結婚相手の条件にこだわるのも悪いことではない。ただ、条件検索には明らかな弱点がある。
気づきと余裕を与えたビッグデータ
条件を20歳代に限定すると、「20代に見える30代ならOK」などという希望は反映されないし、酒やたばこの嗜好でも、基本は「可」か「不可」か「気にしないか」の3択で、「家で吸わなければ許せる」などの細かいニーズは拾いきれない。そもそも、既婚者でも条件を設定すれば、いまのパートナーと合わない点は一つや二つあるはずだ。「相手に好意を抱く」という最も大事な要素の前に、条件が立ちふさがってしまっているようにも映る。
「ちょっと目先を変えれば可能性が広がるのに、なぜかそれができないのです。さらに、年齢が35歳を超えると、そもそものお相手の対象人数が減っているにもかかわらず、『持ち家があるか』や『義理の親の状況』など、相手に課す条件がどんどん厳しくなるという負のスパイラルに陥っていることも分かりました」
「そこで試験運用の際、20代の女性にこだわりつづけて一度もお見合いできていなかった40歳の男性に使ってもらったのですが、ビッグデータが『お薦め』したのは男性よりちょっと年上の女性でした。ところが男性は『ぜひ会いたい』とすぐに気に入ったのです。ほかにもそうした成功例が続き、このシステムは活用する価値があると自信がつきました。同じ条件に固執していた人に、ビッグデータが『気づき』を与える効果があったのです」(岩丸さん)
お見合いを申し込んで成功する確率は、男女平均で29%まで上昇した。ビッグデータがお薦めした異性への申し込みに限れば「40%近い数字が出ている」という。
別の効果もあった。お見合いを申し込む件数は、女性は男性の2割程度にとどまっていたが、ビッグデータ活用後は数字が上がった。女性からは「気楽に申し込めた」との声が目立つという。失敗して傷つきたくない、という女性の心理に「自分が選んだわけじゃないから」という余裕を与えてくれたのだ。
ビッグデータ活用も一つの出会いの形
こうした利用者の反応を受け、センターでは今年に入ってタブレットに気になる異性を登録できる「ブックマーク」(お気に入り機能)を追加した。お見合いを申し込まなくとも、どんな異性を気に入るかというデータを蓄積し、同じように異性をお薦めしてくれる仕組みだ。毎年、新たに蓄積されるデータは約50万件。そこから得られる様々な分析をもとに、システムを進化させていく方針だという。
果たして、このシステムは少子化・未婚化の救世主として全国に定着していくのか。お見合いを申し込まれた本人には、申し込みの通知が届くだけで、相手が条件検索で自分を探し出したのか、ビッグデータが自分をお薦めしたのか、経緯は知らされない。ビッグデータからお薦めされたと聞いたらショックを受けるかもしれない。
そもそも、自由恋愛の時代にそこまでして結婚を支援すること自体、「結婚することが良いことという古い価値観を押し付けているのではないか」などとの批判もある。それでも岩丸さんは支援の意義を強調する。
「異性と出会い、恋愛できる環境が整っている人ばかりではありません。例えば愛媛県は島しょ部が多くありますが、その農家の男性で、周囲はお年寄りばかりで若い女性と何年も話をしていないという人がいます。県東部の工業地帯では、職場の大半が男性で土日も休めず、出会いのきっかけもデートする時間もないという人もいます。結婚を願う人にとって、そうした社会的な阻害要因もあるのですから、『自己責任で』というのは厳しすぎるのではないでしょうか。自分だけではどうにもならないことがあるなら、行政の助けが必要だと私は思います。ビッグデータも一つの出会いの形です。結婚を願う人がいいお相手を見つけ、支えあう幸せを感じてほしいと願っています」
取材・文:國府田 英之(パワーニュース)
バナー写真:ビッグデータの活用を発案した岩丸裕建・えひめ結婚支援センター事務局長。婚活イベントの利用者も含めると、これまでに800組以上の夫婦が誕生した(撮影・國府田英之)