『大統領の演説』(パトリック・ハーラン著)
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書籍情報
『大統領の演説』
著者=パトリック・ハーラン
出版社: KADOKAWA/角川書店
価格:¥820(税別)
発売時期: 2016年7月
言語: 日本語
概略
米国大統領選挙は4年に一度。注目の的は、大統領候補たちのスピーチだ。ハーバード大学卒で東京工業大学非常勤講師のマルチタレント、パックンことパトリック・ハーランが、歴代の大統領の演説を解説した英文併記の一冊を上梓した。数々の名演説を例にあげ、具体的にスピーチのコツ、歴史的背景、舞台裏秘話をふんだんに盛り込んでいる。プレゼン上達のコツが分りやすく説明しているタイムリーな一冊。
深読みのススメ
「以心伝心文化」から、「自己表現文化」へ
日本は、以心伝心、あうんの呼吸、言わぬが花、沈黙は金などのコピーが生まれる国。一方、グローバル化した現代社会は、多様な文化や人種に向けて自分の意図を伝えなければ生きていけない時代だ。
『大統領の演説』は、パックンこと、米国コロラド州出身、ハーバード大学卒業のマルチタレント、パトリック・ハーランが米国歴代大統領の演説を基に、スピーチ作成のポイントを押さえて上梓した一冊だ。米国の歴史的な政治の流れを超高速で再生している上に、ネーティブスピーカーならではの読みと、20年以上の日本在住経験から日本人の共感をくすぐる視点もふんだんに盛り込んだ仕上がりになっている。ありそうでなかった一冊だ。
就任演説に注目!
今年11月には、4年に一度の米国大統領選挙が行われる。この選挙が注目される理由の一つが、候補者たちのスピーチ力だと著者は言う。大統領候補者たちが、どのようにスピーチを練り、構成し、玉石混合の原案を、極上のものに仕上げていくか。各地イベントでスピーチを徐々に練り直していくその過程、舞台裏の様子をつまびらかにしている。大統領になった初日に行う「就任演説」では、自分に投票しなかった国民からの支持も得るために120%の力を注ぐと言う。
米国では、スピーチによって、政策を実現させ、理解を得ようとする。国が危機に瀕したときには、国民を励まし、奮い立たせる役割も担う。反対に、どれだけすばらしい政策やビジョンを持っていても、スピーチが下手だと国民の心に届かない。2016年大統領選で本命と思われていたジェブ・ブッシュがスピーチの拙さが命とりとなり、失速した例が挙げられている。
ヒラリーが奇妙になまりのない話し手で、そのせいか誰にも身近に感じられない、とは、ネーティブならではの指摘だ。地方ごとのアクセントの差まで、ノン・ネーティブにはなかなか理解が及ばない。ジョージ・W・ブッシュ(Jr.)が「nuclear(核)」を常に間違えて発音した大統領だったと、歯に衣着せぬ記述もある。
大統領スピーチは教養の宝庫
1863年の戦没者墓地開設式。南北戦争の激戦地ゲティスバーグでのリンカーンの演説「人民の、人民による、人民のための政治(government of the people, by the people, for the people)」は、米国を1つにするための一言で、リンカーンの器の大きさが光っている。ジョン・F・ケネディの「国家があなたのために何をするかではなく、あなたが国家のために何ができるかを問え(Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country)」は、あまりにも有名だ。
著者は、コメディアンという話芸のプロだ。人を動かさなければスピーチでないとする立場の著者は、子音の重なりが生み出す音響的効果にまで意を配り、なぜ人の情動に訴えるのか、どうすればより強く訴えられるかについて役に立つコツを論理的に、ふんだんな例を用いて述べている。一通り、真面目にたどれば、なるほどね、と読者は納得して自分にも書けるような気がしてくるだろう。
舞台裏のまた裏の話
もう一つ、興味深いのは、黒子や舞台裏の説明。俗に言う裏話と本音だ。
1986年1月28日、一般教書演説をその日に行う予定だったレーガン大統領が直面したのは、打ち上げから73秒後のスペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発だった。7人の宇宙飛行士が犠牲になった事故から5時間後に両議会の前で、国民が動揺しているまさにその時、国民に寄り添い、共感し、鼓舞するスピーチを練り上げたスピーチライターの逸話。
スピーチの名手と言われるオバマを裏で支え続けた、当時若干26歳のスピーチライター、ジョン・ファブロー。スピーチの影響力を重視し、何度も推敲(すいこう)を重ねるオバマとの数々のスピーチ作成秘話など、詳細については本書に譲りたい。
スピーチのコツ
聞く人の心をつかむスピーチのテクニックの一つに、共感を呼ぶ「コモンプレイス」をどのように見つけるかが挙げられている。米国人のコモンプレイスは、「宗教」「戦争」「神」「憲法」などと語る一方で、日本人の反応する言葉も探っている。「絆」「元気」「一丸となって」などはどうだろうかと。
安倍晋三首相が、特に海外向けの演説に力を入れている話や、小泉純一郎元首相の「ワンフレーズ・ポリティックス」の紹介など、日本と米国との比較も興味深い。ただし、もう少し深堀りした話も聞いてみたかった。小泉元首相が、2001年に所信表明演説で使った「米百俵の精神」を絶賛し、「同じ〔長時間できまり文句の〕『ご挨拶』ばかりしている日本の中で、スピーチが上手になったら頭一つも二つも抜きんでることができます」と日本人の背中を押している。コメディアンとして培ってきた、落としどころで笑わせるつぼも忘れていない。
著者は、5月27日、広島に取材に行って、現場でオバマの肉声を聞くことができたという。急きょ決まった現職米国大統領の広島訪問とスピーチという千歳一遇のチャンスに、現場の空気を肌で感じた上で演説の詳細を紹介している。公開されたオバマ直筆の推敲メモなどから、現場にいた者のみが感じた場の雰囲気を伝えながらも、冷静な視点からの分析を行っている。
Beyond 「大統領の演説」
以心伝心の文化で育ってきた日本人にとって、自己PRは得意でない。米国の歴史、価値観、常識がぎゅっと詰まった、ウィットに富んだ演説の解釈と、心に響くスピーチのヒントが集約された一冊の登場はタイムリーだ。英文が並列して表示されているのも、日本人読者にはありがたい。最後に、「抵抗感が薄れ魅力的なスピーチができるようになってもらえたら」との著者のコメントと同時に「練習を重ね、実践を繰り返すことが大切」という一文が、耳に強く残る。
言葉の力で国民や世界を動かしてきた米国大統領の演説をヒントに、聞く人の心に響くスピーチを目指したい。
文=ニッポンドットコム編集部
(バナー写真:オバマ米大統領 2016年1月12日、任期最後の一般教書演説 写真=AP/アフロ)