日本の公務員は国際スタンダードなのか
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日本の公務員改革はどこへ?
日本の公務員制度改革をめぐる議論の中でよく耳にするのは、公務員の数が多すぎる、業務に向かうモラールが低い、そのため無駄が多い、という指摘であろう。しかし、日本の労働人口に占める公務員数(一般政府雇用者数)の比率は、6.7%と極めて低い水準で、OECD諸国でも下から2番目の33位である(OECD 2011)。
OECD諸国との比較を通じて見る限り、日本の労働市場における公務員比率の低さは明白であり、公務員の数を減らすことが必ずしも無駄の削減や経済効率の改善に直結するとは言えない。また、給与の削減による待遇の悪化は、公務員を目指す若年層の減少につながり、むしろ、公共サービスのさらなる質の低下という問題を生み出す可能性が高い。
そもそも日本の公務員制度は国際スタンダードから見て、どの程度「逸脱」しているのだろうか。本稿では、欧州信用危機の渦中でしばしば取り上げられたギリシャ、スペイン、イタリアといった南欧諸国や、こうした国々を救済する役割を演じながらも自ら大きな課題を抱えているフランスの公務員制度をひもときながら、そこに見いだされる問題点を踏まえ、日本の公務員改革の進むべき方向性を検討したい。
南欧の公務員制度を巡る問題:ギリシャ、スペイン、イタリア、ポルトガル
1.歴史的文脈からみた公務員
歴史的にみると、南欧四カ国の官僚制度には、フランス革命後のナポレオン時代のシステム(ナポレオン法典)の影響が基盤にあり、中央集権的、均質性、議会による改正(民主主義)といった特徴がある。これに加え、公務員のストライキ権が導入されるなど、時代を経ての変化もある。
また四カ国のうちイタリア以外は、第二次世界大戦後の独裁・権威主義体制による支配を経て1970年代に民主化に至ったという共通項を有している。そのため、民衆の中に政府や官僚に対する不信感が根強い。ギリシャでは、インフォーマルセクターの存在、徴税能力の低さが問題となっている。スペインおよびポルトガルについては、1986年にようやくECに加盟したことも認識しておく必要がある。特にポルトガルは、1974年の革命後、30年間で民主主義、社会・政治・労働権、公務員を含む海外領土の引揚者、EC加盟といった新たな課題に次々に立ち向かわねばならなかった。
2.構造問題
これら四カ国に共通する構造問題は、第1に公務員制度が地方で細分化され、中間エージェンシーが多いということである。ポルトガルでは中央政府の権力が強いが、スペインでは民主化後の80年代に地方政府が自治憲章を完成させ、中央政府の権限が地方に移譲されつつある。イタリアでは、国よりは地方への帰属感が強いことに見られるように、非中央集権的である。ギリシャでは、EU諸国に比すと市町村が極度に細分化され、個々の自治体は政治力、財政面で脆弱である。地方政府はEUからの基金受け入れに伴って仕事量が増加していながら、財政難に陥っているケースも多い。また、中間エージェンシーの増設も、不透明性・非効率性を助長している。
第2に、政治任用制度などに代表されるように、政・官の癒着が強い点がある。四カ国に根付くクライエンテリズムの影響もあって、特に地方レベルの公的セクターの仕事は政党支持者の報酬として使われ、非効率・不透明な任用が公務員への不信につながっている。四カ国とも、高級官僚の多くが政治任用である(OECD 2011)。スペインでは、公務員が議員となっても、任期終了後は再度公務員に復帰することが可能である。
第3に、社会的インフラの未整備の問題がある。四カ国の電子政府サービスの洗練度は、ギリシャ以外はOECD平均以上であるが、市民のインターネットへのアクセス状態が悪い。市民がインターネットによって公のサービスにアクセスできる割合は、2010年OECD平均の42%に対し、スペイン32%、ポルトガル23%、イタリア17%、ギリシャ13%である(OECD 2009、OECD 2011)。これは、政府の透明性や信頼性に関する問題にも繋がる。
3.人材活用の非効率性:保護された公務員
四カ国の労働人口に比した公務員数は、日本の6.7%と比べて多いが、OECD諸国の平均(2000-2008年)である15%を下回っており、最も多いイタリアで14.3%、スペインが12.3%、ポルトガルは12.1%、ギリシャは7.9%である(OECD 2011)。しかし、詳細に見ていくと、人材活用の非効率性が浮き彫りとなる。
出所:OECD “Employment in general government as a percentage of the labour force (2000 and 2008)”(Government at a Glance 2011所収)を元に作成。
注:ブラジル、南アフリカは2003年、ロシアは2005年、フランス、日本、ニュージーランド、ポルトガルは2006年、フィンランド、イスラエル、メキシコ、ポーランド、スウェーデンは2007年の数値。
第1にパフォーマンスに比例した給与制度となっておらず、ギリシャに見られるように、働くインセンティブが低いものと思われる。人事における業績評価の中央政府レベルでの活用度は、イタリア、スペイン、ポルトガルとも、OECD諸国の平均を若干上回る程度である(ギリシャはデータなし)(OECD 2011)。革命後のポルトガルでは、公務員は何年間か昇進も給与アップも望めず、モラールが非常に低かった。80年代には政府・労組関係が改善したが、政治的には不安定だった。21世紀に入ると、期限付き雇用の増加により公務員数が急増し、国家予算を圧迫している。
第2に、適材適所の人材活用が行われていない。例えばギリシャでは、試験制度への信頼がなく、クライエンテリズムによる不透明でインフォーマルな採用が一層促進されている。イタリアでもクライエンテリズムにより効率性は損なわれている。すなわち、専門を持たぬ人材、あるいは専門外の人材が雇用されるということが起こる。
第3に、高給の官僚や、シニア層の官僚が多いことが挙げられる。ほとんどすべてのOECD諸国において、50歳以上の中央政府職員の割合は年々上昇する傾向にあるが、特に高いのは49.2%のイタリアで、ギリシャは37.3%、スペインは36.5%(2005年統計)、ポルトガルは32.1%である(OECD2011)。この割合は今後、新規採用を制限することで更に上昇するであろう。スペインでは、退職した人材の補充をしないことにより、労働人口における公務員の割合を12.3%から10%に引き下げようとしている。そのため、例えば、2013年まで非正規の公務員は新規に雇用しないこととし、この2年間は外交官、中央官庁、地方公務員の採用も凍結している。
出所:OECD “Percentage of central government employees aged 50 years or older (2000, 2005 and 2009)”(Government at a Glance 2011所収)を元に作成。
注:スペイン、ルクセンブルグは2005年、ブラジル、日本、イタリア、各国は2008年、ポルトガルは2009年の数値。
注:ブラジル、エストニア、ハンガーは51歳以上、チリは55最上の職員の割合。
第4に、社会保障など、雇用に関する費用の多さが挙げられる。欧州は、「欧州社会モデル」に基づく経済発展を推進するにあたり、労働者や弱者の権利の保護を重視している。示威行進やストライキ権は、労働者に与えられた権利として憲法で保障されている。公務員の労組組織率は、フランスの15%と比すと、イタリア28%、ギリシャ27%、ポルトガル19%、スペイン20%と高い。中でもギリシャの労働組合は強力である。ただしスペインなどで民主化移行期に見られた政党と労働組合の強い結び付きは、徐々に薄まる傾向にある。他方、2010年、中央政府の公務員の年間平均労働時間は、ギリシャ1678時間、イタリア1676時間、スペイン1663時間、ポルトガル1545時間(加盟国の中で最低)と、共にOECD諸国の平均値(1742時間)を下回っている(OECD 2011)。
4.グローバリズムの中で新たな課題への対処
ナポレオン時代の中央集権モデルから公務員制度が発達した南欧四カ国であるが、現在では、EUの「補完性原理」に従って、中央から地方への権限移譲が行われており、地方政府の仕事量が増加してきている。しかしスペインでは、地方への交付金が増大した結果、中央のコントロールが利かなくなり地方の赤字が膨らんだため、中央に権限を返還することを主張する声もある。
こうした中、公務員の待遇、採用、人材育成の見直しが急務である。南欧は日本と同様、一旦正規雇用のポストを得ると、解雇補償金などが発生して解雇しづらくなることから、若年の新規雇用が滞っている。いたずらに新規採用を削れば、若年失業率は高まる一方となる。実際スペインでは、高学歴の人材の頭脳流出も始まっている。問題は公務員数を減らすことでは解決しない。経済危機で真っ先に費用削減の対象となる人材育成にこそ、長期的観点から取り組むことが急務である。加えて、業績の評価メカニズムを効率的に導入し、シニア層の手厚い保護を見直していくべきである。
フランスにおける公務員制度と社会構造
次に、同じく地中海に面する南欧の一国であり、かつ今般の欧州金融危機でドイツとともに救済側の主要国であるフランスについて見てみたい。
フランスの労働人口に占める公務員の割合は21.9%(2006年)でOECD加盟国の第5位と高い。フランスは資本主義の経済大国の一つでありながら、一方でディリジスム(dirigisme)という言葉で表される産業構造に特徴がある。これは国家主導主義などと訳され、市場経済に極力国家が介入しない米英などの新自由主義的手法と対照的に、積極的に国家が介入していく志向性を指す。ガス、電気、水道などの公共インフラ部門は民間企業が担うが、これらの企業は政権によっては国有化されたこともあり、おしなべて国家の統制力は非常に強い。企業の雇用調整に政府が強く介入する点など、アメリカと大きく異なるヨーロッパ全体の傾向だが、フランスでは特に顕著である(長部 2006)。社会保障もこの例外ではない。フランスの社会保障制度は、歴史的に、政府にも企業にも依存しない自立した共済組合により担われてきたが、今日ではこの自立は擬制化し、政府の介入なしには運営できなくなっている(企業の負担も重い)。一方、医療や老齢などのリスクに備える各金庫が、企業・職域別に細分化されて作られており、特に公務員を含む公共セクターの労働者の加入する制度は「特別制度」と呼ばれ、エリート職域のための既得権益化した存在となっているのである。
フランスにおいても、公務員ポストの削減を巡る議論がなかったわけではない。サルコジ政権(2007-2012年)の下では、退職者2人のうち1人しか補充採用しないかたちで公務員ポストの削減が進められた(OECD 2011)。しかし、大きな変化が生まれる前に政権は交代し、その後のオランド政権は、この削減システムの廃止を打ち出すとともに、公務員の最大数を占める教員を2017年までに6万人増やすと公約するなど、今後はむしろ公務員数の増加が見込まれている(2012年4月19日付、ル・モンド紙)。オランド政権の施策は、サルコジ政権が目指した「小さな政府」路線を批判する社会民主主義の観点に立つもので、それゆえ経済成長や雇用増大に公共部門を強く活用する姿勢が顕著であるが、「公務員天国」とも揶揄(やゆ)されるフランスの社会・雇用構造が簡単に変わらないことは確かなようだ。上述の社会保障システムを含む「フランス社会モデル」は、共済原理によって企業の社会保障負担が過重であり、それによって雇用が抑制され、競争力の低下を生むという連鎖的な問題を抱えているが、このモデルの抜本的改革にはなかなか手が出ない。
フランスの公務員の数は確かに多く、国家財政の圧迫という問題をはらんでいる。また、日本と同様、終身雇用型の採用を行っていることから、一度採用すると解雇が難しいという事情もある。そこで、公務員に対する業績評価型の人材活用システムの拡充を通じ、業務効率の改善と労働インセンティブの向上を図る必要が指摘されているのである。
日本の公務員制度改革:「数」の削減でなく「質」の向上へ
以上の南欧諸国の事情を踏まえて、日本の公務員制度を検討してみたい。
これまで、自民党・小泉政権の郵政民営化改革、2009年に発足した民主党政権の「仕分け」作業を通じて、歳出の無駄の削減を目指した公務員数や給与の引き下げが行われてきた。しかしそこには、南欧諸国と比較することで見えてくる問題も多々ある。
南欧諸国のケースで見た問題点が、地方分権化とそれに伴う公務員人事の不透明性や非効率性、任用におけるクライエンテリズム、人材活用の非効率性や高齢化などであったように、いたずらにポストや給与などの「数」を減らせば良いという議論は正鵠(せいこく)を射たものとは言えない。「数」の削減に頼る改革は、むしろ優秀な若者の新規雇用の道を閉ざし、在職者のモラールを低下させるリスクを多分に負うことになる。
現在、日本政府は、国家公務員制度の改革を進めており、2012年度から新たな国家公務員採用試験を導入した。従来の「Ⅰ種・Ⅱ種・Ⅲ種」という区分が「総合職・一般職・専門職」という区分に改められ、それぞれの職分にも改革がなされる。
人事院によると、改革の主眼は、第1に、能力・実績に基づく人事管理への転換を行い、キャリア・システムと慣行的に連関している採用試験体系を抜本的に見直して、採用後の能力の発揮と実績に応じた適正な昇進選抜を実現することである。第2には、総合職試験に専門職大学院を含む大学院修了者を対象とした院卒者試験を設けるなど、新たな人材供給源に対応した試験体系に組み替えて、総合職試験に大学院修了者の枠を独立させて設置すること。第3に、総合職試験に企画立案に係る基礎的な能力の検証を重視した「教養区分」を設置し、民間企業等経験者などの採用のための試験を設けるなどして、多様な人材の確保に努めること。第4に、知識よりも論理的思考力や応用能力の検証に重点を置いた「基礎能力試験」を設けたり、総合職試験の院卒者試験及び大卒程度試験「教養区分」に、政策の企画立案能力及びプレゼンテーション能力を検証する「政策課題討議試験」を導入するなどして、ディスカッションの能力や幅広い教養に立脚した「知能」を採用において重視する方向にシフトすること、とされている。
この中で特に目を引くのが、大学院修了者の採用枠と「教養区分」の新設である。これまで、縦割り行政の壁という制度的な問題に加え、専門性の穴に閉じこもり、コミュニケーション能力を柔軟に駆使しながら、広い視野の下に大きな戦略を立てることに欠けるとされてきた国家公務員であるが、大学院レベルでの教育を受けた人材を多く登用し、専門性を有しつつも、幅広い教養と柔軟な対応能力を備え、国際的視野を携えた人材を積極的に採用することで、官庁の業務文化にも変革をもたらすことが期待される。広く深い教養があれば、高度な専門化による知の断片化を避けることも可能である。
日本の公務員制度を国際スタンダードへ
先に見たように、南欧諸国の置かれる状況に学ぶなら、特別待遇や既得権益、クライエンテリズム等の無駄や非効率を生み出すネガティブ要素を取り除く改革を進めると同時に、公務員が魅力ある職業であるとの認識を特に若年層に対して醸成していくことが欠かせない。また、人事・採用に当たっては、中長期的観点とグローバルな視点で日本(地方公務員であれば当該自治体)の立ち位置を的確に認識することができ、社会に内在する問題を自ら発掘し、その解決策の立案に取り組める教養力や対応力に満ちた若い人材を、積極的に登用するようシフトさせていくことが肝要であろう。
公務員制度に関する国際スタンダードを、むしろ日本が作り出していくことが望まれる。
参考文献
Ongaro, Edoardo (ed), Public Management Reform and Modernization, (Edward Elgar Pub. 2010).
Special Issue: Public management reform in countries in the Napoleonic administrative tradition: France, Greece, Italy, Portugal, Spain, International Journal of Public Sector Management, Vol.21 Iss:2, 2008.
OECD, Government at a Glance 2011, OECD Publishing, 2011.
OECD編『図表で見る世界の行政改革:政府・公共ガバナンスの国際比較』(明石書店、2010年)。
長部重康『現代フランスの病理解剖』(山川出版社、2006年)。
白井さゆり『欧州激震:金融危機はどこまで拡がるのか』(日本経済新聞出版社、2010年)。