「相談役」この不思議な存在:コーポレートガバナンスを問う
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後部座席から運転者に指図
企業の経営者が現役引退後に就く「相談役・顧問」の在り方に厳しい目が向けられている。安倍晋三政権が目指す成長戦略の一環として、コーポレートガバナンスの強化が課題として掲げられたことが背景にある。
日本の経済成長を押し上げるには、企業の収益力を高める必要があるが、欧米と比べて見劣りする。企業の構造改革が大胆さを欠くからである。原因はコーポレートガバナンスにあるとして、改革が進められてきた。
まず経営者を監視・監督する社外取締役の導入などで、資本効率を高める経営を促す対策が講じられた。その阻害要因として、経営陣の経営判断に陰に陽に干渉する恐れがある相談役や顧問の問題が浮かび上がった。
全てがそうではないが、法的に権限も責任もないのに、経営に影響力を行使する相談役・顧問がいる。英語のバックシートドライバーである。いわばハンドルを握る運転者に、後席からあれこれ指図するのと同じである。
日本独特の不透明なポスト
官民で成長戦略を議論する第4回未来投資会議(2017年1月)で、議長の安倍晋三首相がこう述べている。「不透明な退任した経営トップの影響を払拭し、取締役会の機能を強化することにより、果断な経営判断が行われるようにしていきます」(議事要旨)と。
「不透明な」と言われるのは、相談役・顧問は会社法とは関係のない任意の制度で、役割や報酬などの処遇が企業によってまちまちで、開示する義務もないからだ。こうした形で経営トップが引退後も同じ企業にとどまる制度は、欧米には基本的にない。
従って「相談役」や「顧問」などは日本独特で、英語にうまく訳せる言葉がない。例えば「相談役」は一般に会長や社長クラスの退任後のポストだが、東京証券取引所1部上場企業の相談役の英訳は、advisor、counselor、senior advisor、executive advisor、executive counselなどとさまざまである。
「顧問」は、会長、社長クラスを除く役員が退任後に就くのが普通だが、英語ではadvisorを使う例が多く、executive advisorという場合もある。
企業によっては「相談役」に任期があって、「最高顧問」や「特別顧問」になる。名誉職的なイメージがより強まるが、英語ではchief board advisorやsenior corporate advisorなどと訳される。要するに英文名刺を見ただけでは、相談役か顧問か特別顧問か、どれがどれやら判読できないわけだ。
17人もの相談役・顧問:東芝のケース
あいまいな存在の相談役・顧問の経営介入を危惧する声が、投資家から上がっている。相談役の設置が実際に問題になった例としては、武田薬品工業が挙げられる。
前社長の長谷川閑史取締役会長が退任後、相談役(英語ではcorporate counselor)に就任することに対して、一部株主から昨年6月の株主総会に反対提案が出された。当時、長谷川氏に退任後の役職を聞くと、「評判の悪い相談役ですよ」と苦笑いしていた。
株主提案は否決されたが、クリストフ・ウェバー社長は株主に理解を求める手紙を公表した。長谷川氏の相談役としての役割は、2つあると説明している。まず経営陣の求めに応じて行うアドバイスや社外のネットワークを生かした会社への貢献である。
もう1つは、社外の団体の役職を会社の代表として務めることである。前者の経営陣へのアドバイスは「ごく稀」と考え、大部分の役割は後者になるとの見方を示した。
処遇は、年俸が現在(取締役会長)の約12%程度で、社用車、専任秘書は置かないとしている。
武田薬品の長谷川相談役が好んで経営に干渉するとは思えないが、現にその種のケースはある。例えば、2015年4月に不正会計問題が発覚した当時の東芝には、相談役・顧問が17人いた。社長経験者の西室泰三、岡村正、西田厚聰の3氏が相談役、80歳で相談役を退いた元社長の2氏が特別顧問、常務以上の経験者が就く常任顧問、顧問が12人という構成で、中にはトップ人事などに関与した人もいた。
お家の一大事に、善意で手を貸そうとしたのかもしれないが、しょせん、バックシートからの雑音である。株主やメディアなどからの批判が高まり、16年6月の株主総会で、「取締役会の決議によって、相談役を置くことができる」という定款の条文を削除して、相談役制度を廃止した。
長老支配:味の素のケース(1)
大騒ぎになった典型的なケースは、21年前に日本を代表する食品メーカーの味の素であった。株主総会を荒らす総会屋への利益供与による商法違反事件を機に、「長老支配」からの脱却が経営陣によって図られたのである。
当時、同社には創業家の鈴木三郎助取締役名誉会長をはじめ鈴木恭二、渡辺文蔵、歌田勝弘の4人の大物相談役がいた。4氏は元会長、元社長で、70代から80代の高齢者だった。鈴木取締役名誉会長は創業者の三郎助氏から数えて4代目、鈴木恭二氏は3代目三郎助氏の女婿で、ほかの2氏は非同族である。
「取締役相談役」は、現役を退いたはずの人が取締役をやるという矛盾した存在だが、その昔はおかしなことに「代表取締役相談役」という実力者がいる企業もあった。
味の素が異様だったのは、取締役会で社長の前に相談役がずらりと並んで席を占めていたことだ。「長老支配」打破を推進し専務から社長に昇格した江頭邦雄氏によれば「社長は相談役に報告する形になって、まともな議論になりませんでした」という。
同社の中枢に通じた人物によると、鈴木一族ら長老を奉じる勢力と改革を図ろうとする勢力が社内で対峙(たいじ)していた。1995年に8代社長の鳥羽董氏が副会長になり翌年、スーパーのダイエーに去るという人事抗争があった。
人事抗争の末、長老排除:味の素のケース(2)
鳥羽社長は後継者を巡って鈴木三郎助氏と対立した。鳥羽氏は改革派の江頭氏を後任に考えたが、鈴木氏は江頭氏を警戒して嫌った。その結果、グループのカルピス食品の社長だった稲森俊介氏を社長に呼び戻して決着した。稲森氏は鳥羽氏と同じ年生まれで、時間稼ぎの人事だったと消息通は解説する。
2年後、総会屋事件が発覚して、稲森社長の責任問題が生じて人事抗争が再燃した。江頭氏は「鈴木さんたちは意中の人物を挙げて、これに社長を譲れと迫ったのです。稲森さんは一時、押し込まれて揺らぎました」と語っていた。
江頭氏は経緯を日本経済新聞に連載した「私の履歴書」に書いている。稲森氏は弱気になって、「長老たちの意中の人物に後を託そう」とした。それを江頭氏が止めた。「そんなことをしたら死んでも死に切れないではないですか。まともな会社にするのが最後の務め。それができたら私も一緒に辞めます」
思いとどまった稲森氏は後任社長に改革派の江頭専務を選んで退任し、鈴木三郎助氏も取締役を降りた。江頭氏は社長になると早速、鈴木氏をはじめ相談役一人一人と会って取締役会への出席をやめさせ、本社本館の役員フロアから部屋を別館に移させた。さらに終身だった相談役は75歳を定年として、3人までと決めた。
江頭氏は当時、「長老支配」の排除を振り返り、「本当に大変でした」と言っている。とはいえ相談役・顧問が全て、いわゆる老害になっているわけではない。自らを律し社会的な活動などに努めている人もいる。
相談役・顧問の5割に個室と秘書
しかし、必ずなければならない制度だろうか。経済産業省の「コーポレート・ガバナンス・システム研究会」の第8回議事要旨に、相談役・顧問制度をとうに廃止したアステラス製薬の御代川善朗副社長(当時)の明快な意見が載っている。
「私はそういうもの(相談役・顧問制度)を復活させる意味は全く感じない。むしろ前の経営陣が廃止したことに非常に感謝している」。さらに「素晴らしい能力を持った方が1つの会社に長くいることを、これからは変えていく時代ではないか」とも述べている。
それでも東証1・2部上場企業を対象にした経産省の調査によると、約8割に制度があり、約6割に相談役・顧問が存在する。約5割は相談役・顧問に個室を設け秘書・専門スタッフをつけており、約8割が報酬を出している。
終身雇用の企業では、現役の経営者は自分を引き立ててくれた先輩を引退後も手厚く処遇した方が無難である。日本は肩書を重んじる社会なので、引退する経営トップも「相談役」などの肩書と一定の処遇への暗黙の期待があるのだろう。
進む二重権力構造の見直し
目立たず続いてきた日本的慣行だが、2018年から東京証券取引所に提出する「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」に、相談役・顧問などの実態を記載する欄が追加された。退任した社長やCEO(最高経営責任者)が対象で、記載は任意ではあるが、これを機に開示が進むものと思われる。
今まで以上に「『相談役』は何をする人なのか」という関心が会社の内外から高まり、現役経営者とOBとの二重権力構造への抑止が強まるだろう。既に始まっている相談役・顧問制度の見直しや廃止の流れは一層勢いを増すに違いない。
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