外国人介護人材門戸拡大から介護技術移転へ—いま日本に必要な長期的ビジョン
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技能実習制度の拡充と在留資格の新設
超高齢化社会日本における現時点での介護職者数は、176.5万人(文末参考資料①)であるが、団塊の世代が後期高齢者に達する2025年には、その数が37.7万人不足する(②)といわれている。この現状を踏まえ、16年秋の臨時国会において、技能実習制度を介護領域に拡大すること、外国人の在留資格に、新たに「介護」を設けることが決まった。
技能実習制度の拡大は、発展途上国への技術移転を名目とした制度を、これまでの農林水産業、工業等の領域から介護という領域に拡大し、技能実習生を介護労働力として確保するもの(以下「介護技能実習生」)、在留資格の新たな枠は、介護福祉士養成施設に2年以上在籍し介護福祉士の国家資格を取得した留学生に、介護福祉士の在留資格を与え引き続き日本での滞在を認めることで、介護労働力を確保するもの(以下「在留資格『介護』での受け入れ」)である。
介護人材不足への近視眼的な政策
筆者は、10年来、二国間経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士の研究に携わっているが、このたびの外国人介護人材の導入についても、EPA制度と同様、いまだに長期的ビジョンに立った政策が打ち出せない日本政府の対応を残念に思う。つまりあらゆる政策が「いかに外国人を介護人材として確保するか」という目先の課題に対処するために近視眼的になっているのだ。このため、在留資格「介護」での受け入れにおいては、民間主導の介護福祉士の留学プログラムを監督する機関がなく、悪質な仲介業者による留学生に対する人権問題の発生を抑制する手続きが検討されていないなど、課題は多い。
看護・介護の従事者は「感情労働」(③)という極めて高度な技能を要する。このため、外国人介護人材の獲得は、人数が足りないからといって、事業を拡大した工場が労働者の数を増やすように介護労働者を機械的に増やせばよいという単純な対処で済む問題ではない。
また、日本がこれからもアジアの人たちを引き付け、労働力を吸収し続けていくことができると楽観視はできない。むしろ、昨今の中国をはじめとする新興工業国の経済的台頭に比して存在感が落ち目にある日本が、今後どうやって国際社会で生き残っていくのかを大局的に考えた上で、外国人材の受け入れを長期的ビジョンに立って検討する時期に来たように思う。
EPA看護師・介護福祉士が定着しない理由
そもそも介護領域に外国人を導入するのは、今回が初めてではない。日本では2008年からEPA制度下で介護福祉士の受け入れが始まっていたのだから、そこから学ぶことも多いはずだ。鳴り物入りで始まったEPA看護師・介護福祉士たちが、当事者もそして受け入れ病院・施設も大変な苦労をして国家資格を取得したにも関わらず、なぜその16~38%が帰国したのか。帰国した看護師、介護福祉士らに話を聞くと、「仕事が忙し過ぎて結婚生活と両立できない」「看護・介護労働で身体を壊した」との声が多かった。これらは、日本人看護師や介護職者の離職理由と重なることに注目しなければならない。
つまりアジアの人々は国家資格を取得、そしてそれによって長期的に日本で滞在が認められたとしても—EPAでは、介護福祉士の国家資格を取得した者は、3年ごとの在留資格の更新を無制限に行うことができる—それでも帰国を選ぶものが少なくない現実がある。そしてその背景には、日本人にも共通した厳しい労働条件があるのだ。日本人、外国人を問わずより多くの介護人材を確保し続けようとするならば、労働条件の改善は必須である。
「介護職」が存在しないEPA締結国
一方、筆者がインドネシアのEPA帰国者に対して行ったヒアリングによると、EPA帰国者には、日本に行ったのは良い経験になった、という声もあった。それは単に貯金ができたからという経済的な理由とは別に、「高齢者看護・介護に触れることができたこと」に対する評価である。もともと「介護職」という専門職は、EPA介護福祉士の送り出し国であるインドネシア、フィリピン、ベトナムには存在しない。それらの国と日本との間には疾病構造や平均寿命、文化的な背景の違いなどがあり、高齢者のケアは施設ではなく自宅において、もっぱら家族によって担われているためである。
「まるで自分の祖父母に対して接するよう」に利用者に対して行う介護は、母国での看護学校では教わったことがない新しい経験だった、と語るEPA介護福祉士。「介護保険制度は日本の素晴らしいシステム。将来はインドネシアも高齢化するので、インドネシア版の介護保険制度を作ってみたい」と語るEPA看護師。「日本の在宅ケアは、(インドネシアにはまだないから)これからの新しい領域になると思う」と語るEPA介護福祉士。
これらの評価は、インドネシアで看護課程を修了して来日した者(インドネシア、フィリピンから来日するEPA介護福祉士候補者の中には、出身国で看護以外の課程を修了してきた者も含まれる)に多く見られ、日本の「介護」の対象や介入方法が、インドネシアにおいて新しい看護分野として認識される可能性を示唆していた。あるEPA介護福祉士は、筆者に「これからはインドネシアで、介護職として渡日する人たちを養成する学校を作りたい」と語った。
超高齢社会日本で働いた彼ら・彼女らは、まもなく高齢化していく母国インドネシアの将来の姿を重ね合わせたのだろう。日本語を習得し、日本の文化にも日本人の働き方にも慣れた彼らは、まさに後進の育成にうってつけと思われた。
帰国したEPA看護師・介護福祉士が技術移転の最前線へ
さて、今般の介護技能実習生や在留資格「介護」での受け入れの開始によって、多くのアジアの人々が日本にやって来ると思われるが、どのような適性や教育的背景を持った人たちが来るのかは未知数である。しかし、日本で質の高い介護サービスを提供してもらうことを期待するならば、日本語能力のみならず、基礎的な医学的知識を有し、感情労働に適した人材を選抜することが不可欠だろう。
現在のところ、介護技能実習生の受け入れには、日本語能力試験「N4」(基本的な日本語を理解することができる)程度を要件としているが、在留資格「介護」に切り替える目的で入国する留学生の日本語能力については検討されていない。このため、介護福祉士国家試験を受験するまでに、合格に必要といわれている日本語能力(N3相当)に到達する見込みがない入国者も現れるかもしれない。
そこで、アジアの国からその人材を選抜するに当たり、帰国したEPA看護師・介護福祉士の活躍を期待したい。日本の介護の技術移転のためにアジアの第一線で働いてもらうのだ。そのためにまず、アジアにおける看護大学や看護専門学校の教師として、EPA看護師・介護福祉士の帰国者の雇用を確保する。そこで日本の介護福祉士国家試験に応じた内容で、日本語および日本文化、そして高齢者看護・介護技術のカリキュラムを編成し教授する。そしてそのコースの卒業生が日本に留学生なり、技能実習生として渡日する際には、一定の日本語能力、並びに基本的な医学的知識そして介護実習を習得できるようなシステムにするのだ。この時、必ずしも全ての卒業生が渡日する必要はない。アジアに残り、来る高齢化時代に備えるべく、地域社会で高齢者の家族介護者に対する指導者として、アジアの高齢者ケアの質を向上させることも考えられる。
「KAIGO」ブランドの確立を
一方日本では、介護保険制度や介護技術を標準化し、「KAIGO」という日本ブランドとして確立する。質の高いブランドを確立できれば、日本での介護就労を希望する者も継続的に確保できるだろう。そして、EPA帰国者や日本で介護労働に携わった人々が、それぞれの国の疾病構造、医療事情や労働環境に合わせてカスタマイズするシステムを構築する。そのモデルを、近い将来老いゆくアジア諸国に輸出することも検討してよいのではないか。このとき、日本で介護労働に携わった人々が、帰国後も出身国のみならず、急激に高齢化の進むシンガポールやタイなどのASEAN圏内でそのモデルを実践することで、日本の介護技術を輸出できるだけでなく、アジアにおける新たな雇用を創出することができるのではないか。
海外から介護人材の受け入れを希望する日本は、同時に優れた介護人材や介護技術を海外に送り出す国でありたい。質の高い介護技術は、日本が誇るべき技術の一つである。そのためには、介護が「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」として社会的地位を確立するための国内における労働環境を守りつつ、長期的ビジョンに立ってアジアからの人材を丁寧に育てたい。そしてその人材が帰国してからも、継続して介護に携わる技術やサービスを提供することを通して、アジアの高齢化に資することは、今後の日本が国際社会に貢献できる道だと考える。
参考資料
①厚生労働省「介護人材の機能とキャリアパスについて」(第6回社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会参考資料1)2016年10月5日 http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000138949.pdf
②厚生労働省「2025年に向けた介護人材にかかる需給推計(確定値)について」 http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12004000-Shakaiengokyoku-Shakai-Fukushikibanka/270624houdou.pdf_2.pdf
③「相手(利用者等)の中に適切な精神状態を作り出すために、自分の感情を促進させたり、抑制しながら、自分の外見(表情や身体的表現)を維持することを要求する労働」—A .R .ホ ッ ク シ ール ド著 石川 准/室伏亜希 訳 『管理される心:感情が商品になるとき』(世界思想社,2000年,p.7)
(2016年1月10日 記)
バナー写真:兵庫・伊丹市の特別養護老人ホームで研修中のインドネシア人介護福祉士候補(2009年2月10日撮影/時事)