地球を俯瞰する安倍外交―谷内正太郎内閣官房参与インタビュー(1)
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谷内正太郎内閣官房参与は、「nippon.com」の単独インタビューに応じ、日米、日中、日韓関係や欧州、アフリカ外交など、2012年12月の第2期政権発足から約半年間の「安倍外交」を語った。この中で、谷内氏は尖閣諸島などをめぐり厳しさを増している日中関係改善のための首脳会談開催について、「安倍首相は対話が必要だと考えている」としながらも、「日中の主張はまだ生の形で対立している」として、さまざまなレベルでの対話を深める必要性を指摘した。日中首脳会談自体についても「未来志向で、建設的な雰囲気を作った上でセットしたほうがいい」との考えを強調した。
日米同盟を基軸に展開する「価値観外交」
——安倍外交は、“外交敗戦”と言われた民主党政権時代と様変わりし、極めて積極的です。その特徴は「価値観外交」ですが、基本戦略は何でしょうか。
谷内 第2期安倍政権の外交の基本路線は第1期と同じです。同時に、民主党外交のいろいろな反省を込めて外交を展開している。何と言っても、「日米同盟基軸」が安倍首相の一貫した考え方で、それを踏まえ多角的な戦略的外交を展開すること。首相自身はこれを「世界地図を俯瞰する外交」と述べていますが、「地球を俯瞰する外交」とも言えるでしょう。
——地球を俯瞰する外交ですか。
谷内 多角的な外交をするための「碁(ご)の布石を打つような外交」とも言われます。米中両国間でパワートランジションが起きるのか、起きないのかという問題意識の中で、中国には普遍的な価値を重視する国家として外交を展開してもらいたいと考えています。価値観重視というのは、自由、人権、民主主義、法の支配のような普遍的な価値が大切だということです。同時に、安倍首相は日本の歴史、伝統、文化、あるいは東日本大震災で示された日本人の誇るべき国民性などを国柄として大事にしていきたいと考えています。
安倍政権に“対中包囲”の意図はない
——安倍政権の外交のもう一つの側面は、麻生太郎副総理が第1期安倍政権の外相の時から唱えている「自由と繁栄の弧」構想です。ユーラシア大陸の周辺部には、親日的な国が非常に多い。ただし、第1期安倍政権やその後の麻生政権時代、この構想は“対中包囲網”と言われたまま終わってしまいました。
谷内 「自由と繁栄の弧」については、一部に“中国包囲網”という誤解があります。しかし、安倍政権には中国を包囲する意図はないし、日本にはその能力もない。「弧」に位置する国々は、いずれも自由と繁栄を求めて長期的なマラソンレースをしている国々。日本はあくまでも伴走者として、具体的には政府開発援助(ODA)や人的交流などの平和的手段を通じて応援していこうという発想です。中国を排除するものではないし、中国も賛同して協力してもらいたいと思っています。「自由と繁栄の弧」という言葉自体は、今は使ってはいませんが、基本的な考え方は今でも維持されていると思いますね。
日中でスピード感ある対話を積み重ねる
——谷内参与は6月15~18日に訪中し、対中関係改善のための地ならしをされました。厳しい日中関係が続いていますが、見通しはどうですか。首相自身は6月19日、ロンドンで、「習近平国家主席と首脳会談をする用意がある」と発言しました。
谷内 安倍首相は第1期政権のとき、小泉純一郎元首相の靖国神社参拝をめぐって日中関係がぎくしゃくした経緯を踏まえて、首相就任から約2週間後の2006年10月、電撃的に中国を訪問しました。その際、日中の「戦略的互恵関係」を打ち出しましたが、あの当時の雰囲気と比べると、今はずっと関係が悪い。尖閣諸島の問題が状況を非常に悪くしています。他方で、日本と中国はアジア、世界において大きなウエートを占め、歴史的にも非常なつながりがあります。日中対立の継続は、アジアのみならず世界全体の不安定要因になります。だから、世界はさらなる“負のエスカレーション”を回避し、改善の道を歩むことを望んでいます。安倍首相は対話が必要だと考えています。しかし、今すぐトップレベル会談を設定するのがいいのかといえば、日中の主張はまだ生の形で対立しています。従って、いろいろなレベルでの対話を深め、未来志向で建設的な方向に行くような雰囲気を作るプロセスの中で、日中首脳会談をセットしたほうがいいという考えだと思います。
——ゆっくり積み上げるわけですか。
谷内 慎重に、しかしスピード感を持って、いろいろなレベルで対話していくべきだと思います。
——スピード感というのは、秋以降ですか。それとも、7月の参議院選挙後、できるだけ早く局面打開を図りたいという意向でしょうか。
谷内 なるべく早く、しかし準備を十分にした上でのことです。ゆっくりやればいいということではありません。2006年の安倍首相訪中も、実際は随分時間をかけて議論を積み重ねました。中国は非常に図体(ずうたい)の大きい国で、簡単には路線転換はできません。スピード感は持って臨みますが、時間がかかることもやむを得ません。
求められる「法の支配」の習熟
——中国に変わってほしいことの一つは、海洋法順守など「法の支配」でしょうか。
谷内 それは、「トラック2」や「トラック1.5」(※)の対話を進めて、国際法および国際的ルールを十分理解してもらう必要があると思います。失礼な言い方かもしれませんが、中国は古い超大国ではあるが、いわゆる近代国家としての歩みは“新興大国”であるわけで、国際法やルールについては早く習熟してほしい。はっきり言って、中国政府の発言を見ている限り、とてもそういう状況には至ってないと思います。
(※編集部注)「トラック2」や「トラック1.5」とは、民間の会合に政府関係者も個人として出席し、政府の立場にとらわれずに自由に意見交換する「民間外交」のこと。
——習近平国家主席は、6月中旬の訪米の際、「太平洋には米中の両大国を受け入れる十分な空間がある」と発言したと伝えられます。一方、オバマ大統領は米中首脳会談で日米同盟の重要性をあらためて強調しました。尖閣問題を念頭に置いた発言だと思いますが、どのように評価しますか。
谷内 中国は今やGDP世界第2位の経済大国で軍事大国。米国の一部には“G2”的な考え方もあり、米国のグローバル、あるいはリージョナルな第1のパートナーは中国だとの議論を進めたがる向きもあります。しかし、第2次世界大戦後の占領統治からの日本の独立以来、日米同盟の下での安全保障協力、またGDP世界第1位と第2位の経済大国としての長年の協力など、日米関係は今の米中関係とは比較にならない深みと厚みがあります。日米間の価値観の共有は、中国がいくら言葉を重ねても及びもつかないほど強固です。オバマ大統領発言はそうした歴史を踏まえた発言だと思っています。
——中国による日本漁船の拿捕(だほ)や、海上衝突といった最悪のシナリオの心配はありませんか。
谷内 中国の一部にそういう強硬論を吐く人がいると承知しています。けれども、中国のトップリーダーたちがそうした考え方を持っているとは思わないし、中国の長期的な発展のために、日中関係をより健全なものにしたいという方向感覚があると思います。ただ、方向感覚が基本的にそうだとしても、強硬派がやがて力を得ていくという可能性もゼロとは言えない。海上衝突が起こりかねない緊迫した状況が尖閣周辺の現場には存在します。些細なことが大きな事態に発展したことは、世界の歴史上数えきれないくらいです。そういう事態に備えて、リスクヘッジは行います。例えば海上保安庁、海上自衛隊の能力強化や日米同盟のさらなる深化が含まれます。
「対話」と「沈静化」が必要な日韓関係
——日韓関係もかつてないほど悪化しています。歴史認識問題、竹島問題のためですが、この悪循環を断ち切るために何をしなければいけないのでしょうか。
谷内 中国と対話するのと同様に、韓国についても対話によって険悪な雰囲気を沈静化させる努力が必要です。関係改善のため焦らず人的交流や文化交流をもっと深めていく必要があります。中国も韓国も、問題が起きると他の関係も一斉に冷却させます。残念ながら、日中、日韓とも長い長い付き合いがありながら、成熟した関係にあるとはとても言えません。対立点の議論は不可避ですが、外交の基盤部分はしっかり維持することを考えたほうがいい。
——米国内に、日韓関係の悪化を非常に懸念する声がありますが。
谷内 米国の一部からそう言われますが、日本は韓国との関係を悪くしたいと思っているわけではありません。韓国は日本の安全保障上、非常に重要な国。しかし、現状は日本にも反韓感情が部分的にある一方、韓国ではマスコミ、国会などにおいて反日感情が非常に強まっており、ちょっとしたことでも大きく火が付くような状況になっています。簡単には改善されませんが、沈静化の努力が必要です。
——靖国神社参拝問題ですが、中韓両国は首相の動向を見ています。第1期政権の時代、首相は参拝する、しないを言わないという「曖昧(あいまい)戦略」をとりました。
谷内 靖国問題では、安倍首相は「行く、行かない」は表明しないし、「行った、行かなかった」についても確認しないという以前の立場に変わりはないでしょう。
国際社会での立ち位置模索の北朝鮮、一喜一憂は不要
——韓国が中国への傾斜を強め、日本に対しタッグを組んでいるように映ります。韓国は、北朝鮮問題で中国との関係をしっかりと構築したいという意図だと思いますが、日本国内では必ずしもそう受け止められていません。
谷内 まさに北朝鮮問題もあるでしょう。また、経済的にも中国は成長市場で、経済成長率にやや陰りが見えますが、今年も7.5%という目標を立てており、韓国にとって最大の貿易相手国として非常に重要です。安全保障と経済の観点から中国と良好な関係を持つのが良いという考えだと思います。
——「瀬戸際外交」を繰り返す北朝鮮ですが、強硬路線はややトーンダウンしました。一方で、飯島勲内閣官房参与が5月に突然、訪朝しました。拉致問題のためでしょうが、北朝鮮の最近の動向をどう分析しますか。
谷内 北朝鮮の金正恩政権は発足してまだ間もなく、政権基盤を確立しなくてはいけません。そのために国際社会での立ち位置をどうしたらいいのかを考えています。最初は強硬路線で来ましたが、各国の反応を見たうえで今は少し柔軟路線に修正しています。これは金政権の権力基盤にとってどういう意味を持つのか、テストをしているのでしょう。北朝鮮の動きに日本は一喜一憂する必要はありません。拉致問題は核・ミサイル問題と包括的に解決して、国交正常化を図るのが基本ライン。でも片方が進まなければ、もう片方に対処してはいけないという関係ではありません。特に、拉致問題は被害者のご家族の高齢化も進み、早く解決しなければいけません。政権としていろいろなルートで解決に努力することが必要です。
期待以上の成果あるアジア重視外交
——安倍首相は「アジア重視」を鮮明にしています。1月中旬には、第2期政権発足後初の外遊として東南アジア3カ国(ベトナム、タイ、インドネシア)を訪れ、3月にモンゴル、5月にミャンマーを訪問しました。アジアへシフトする安倍外交の成果は、期待通りでしょうか。
谷内 成果は期待以上であったし、国民もそう評価していると思います。特に民主党の鳩山由紀夫政権のとき、日米同盟からアジアに軸足を移すかのような印象がありましたが、安倍政権は、アジア重視の前提として日米同盟があるということを明確にしました。当初、首相は訪米で日米同盟が堅固なものであることを再確認したうえで、アジアに行きたいと考えていましたが、米国側の都合でアジアを先に訪問しました。
——首相は東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国全部を訪れる意向のようですね。
谷内 この間、麻生副総理はインドを訪れ、岸田文雄外相はフィリピン、シンガポール、ブルネイ、オーストラリアを訪問しています。手分けして素早くアジア・オセアニア各国を歴訪し、全体としてうまく行っています。安倍首相の祖父である岸信介元首相はアジア関係を重視し、アジア諸国が日本の応援団であることを明確にした上で、旧日米安保条約の改定を最優先課題として訪米しました。訪米前後にアジア15カ国を歴訪しています。安倍首相には、岸元首相の戦略的外交のイメージが頭の中にあるのかなと思います。
谷内正太郎内閣官房参与インタビュー(2)=「日米関係」「日ロ関係」などに続く
(インタビュー日=2013年6月27日、聞き手・構成=原野城治・一般財団法人ニッポンドットコム代表理事、写真撮影=花井智子)