台湾の次世代型ライブラリーに注目集まる—図書館総合展
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2015年11月パシフィコ横浜で開かれた第17回図書館総合展で、初めて台湾の次世代型ライブラリーが紹介され大きな注目を集めた。この展示会には毎年日本の図書館関係者が全国から詰め掛けるが、台湾の首都台北に隣接する新北市政府(英語名:New Taipei City、旧台北県)の林寬裕文化局長が「台湾にみる次世代型図書館~知的情報交流空間のデザインと演出を検証」と題された分科会(主催:図書館流通センター)に招かれ、「24時間365日開館」を初めて実現した先進的な新中央図書館(唐連成館長)の概要について説明した。
会場に詰め掛けた156人の出席者の間からは「まさに理想の図書館だ」「実に魅力的な図書館だ」「日本が見習うべき要素がいっぱいある」と感嘆の声が上がった。日本で発行されている中国語メディア「台湾新聞」は「新北市立図書館は図書館自体が1つの街みたいだと感じました。人が集まる仕組み、市民を育てる仕組みが考え抜かれた図書館だと思います。是非一度現地に行って体験してみたいです」という日本の図書館関係者の感想を伝えた。
国内志向の強い日本の図書館業界ではこれまで海外の事例が紹介されることは多くはなく、あっても欧米の例がほとんど。「欧米が図書館先進国だから進んでいて当たり前」という先入観があって日本が遅れていても改善に向けた危機感が盛り上がりにくかったが、今回、アジアの先進事例として紹介された台湾の公共図書館は多くの面で日本の現状を大きく超えるものだった。新北市立図書館は日本統治時代の1923年にそのルーツを持つが、その新しい姿によって逆にアジア内の国際水準からも取り残されかねない日本の公共図書館界の姿が映し出されたともいえそうだ。
分科会の準備に奔走したコーディネーターの南学氏(東洋大学客員教授)は、「新北市の新しい図書館にはびっくりした。これが新しい図書館の姿だろう。台湾の図書館には明確な戦略があり、ほかの市でも続々と新しい図書館が建築されている。日本の図書館でその使命(mission statement)を明確にしたところは意外とないが、日本も各館がどういう役割をどのように果たすか、もう少し市民に見えるように議論していく必要がある」と解説した。
南氏によると、台湾では首都台北市が人口260万人、隣接する新北市が同約400万人。それぞれの図書館(分館)に特徴があってそのコンセプトに沿ったデザインが施され、空間や蔵書面でも「日本に比べはるかに充実した図書館が運営されている」という。
台湾では南部にある第2の都市・高雄に同タイプの市立図書館が完成したほか、桃園、台南、台中の各地でも次世代型図書館の構想を進め、台北市も現在建設地を探していると伝えられる。
スター建築でなくサービス充実を選択、日本にも学び来館者は年2百万人へ―新北市
新北市政府の林寬裕(英語名トニー・リン) 文化局長は講演で2015年5月に開館した新図書館について、「われわれはスター建築家による美術館・博物館型のワールドクラスの建物ではなく、サービスを充実させることを選択した」と講演の口火を切った。
同市図書館は、「アメリカでも例がない」(台湾新聞)という24時間開館のほかマルチメディア対応やユニバーサルデザイン、さらには放課後学習支援やスロー読書のための閲覧室設計など地上10階建ての大型施設をフルに利用している。
<新北市・新中央図書館の特徴> 2015年5月に開館 |
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1、環境にやさしい建築=現在だけでなく将来に配慮。 |
2、ユニバーサルデザイン=ビル全体にフロアの段差なし。台湾初の同デザイン公共施設として認証を得た。 |
3、インタラクティブ・マルチメディア=自習室なども予約で24時間稼動 |
4、年中24時間無休=2000冊以上を収納のアジア最大級の自動書庫が24時間稼動。利用者は予約本をいつでも受け取れる。 |
5、閲覧コーナー=スロー読書コーナーも。 |
6、総工費13億台湾元(50億円)の低コスト建設。 (同時期に台湾内で建設された他の図書館のほぼ半分。) 理由 ①再開発などを通じタダで用地を取得 ②美術館・博物館スタイルのスター建築家を採用せず、建物には実用的なアプローチ。サービスに重点を置いた。 |
「サービス充実」を掲げてスタートした結果、来館者数は講演の2日前に早々に100万人を突破。当初98万人に設定した年間来館者見通しをアメリカの著名図書館(シアトル図書館=年間来館者200万人、人口56万人)と並ぶ210万人に上向き改定した。1日の来館者は最高1万7000人に上ったという。
林局長はアメリカの大学で情報学の博士号(PhD)を取得、テレビレポーターも経験するなど情報・メディアに関する幅広い知識と経験を持つスペシャリスト。
新図書館建設に当たり直轄市に昇格した2010年から数年にわたって日本を含む内外の図書館を研究し、「日本の最も美しい図書館」(立野井 一恵著、エクスナレッジ社)など日本関係の資料にも目を通し、「実際に図書館に行って多くのことを学んだ」という。
その結果、「超大都市は理想的なモデルではない」「新図書館が大きなランドマークや相互に触れ合う場を提供しない世界クラスのビルである必要はない」との判断に至った。また、蔵書数についても中央図書館の60万冊を例に挙げ、「この規模の図書館としては確かに多くないが、それがわれわれの公共図書館に関する中心的な思想と関係している。いま、(印刷された本でなくても)すべての情報はアクセスが可能だ。本の冊数はあまり重要ではない」と割り切っている。
「過去20年間にそれまでの100年間よりも大きな変化を目撃した.」という図書館業界だが、林局長は「いかに市民が自らをコネクトするかが重要だ」と指摘、「21世紀の図書館は人々が本当に求める知的な心臓部であると確信している」として「出会う場と 市民生活の中心」という2つの概念を強調した。
それによると、現代の図書館は知識センターや書籍の貯蔵庫から「文化やエンタテイメントの中心、社会センターや電子情報へのアクセス場所、ラーニング、ビジネス、コミュニティーのセンター、出会いの場」へと進化している。このため、新図書館では、従来からある読書グループや読み聞かせ活動、講義、アート系や語学のコースだけでなく、裁縫教室や子犬ショー、映画上映、法律アドバイス、学習指導、音楽の公演まで幅広く行っている。
新図書館のサービスの一例として紹介された「スロー読書の推進」については、新中央図書館は特別閲覧室を日本風、地中海風、インドネシア風、北ヨーロッパ風などと個性的に設計し、子供向けの対話式読み聞かせ会などを行っている。また、放課後学習支援の「幸福閲読」というサービスでも日本の図書館ではみられない特徴ある内容が紹介され参加者の注目を集めた。
目標はディズニー!?アマゾンと蔦屋家電もライバル
講演の終盤、情報や読書の拠点にとどまらない図書館の役割に関する発言が特に注目された。
「図書館は現在、多かれ少なかれ経験をするための目的地である。今日のわれわれの挑戦は図書館での経験を、ディズニーランドのように将来長く前向きに続く思い出とすることだ」という力強い言葉に続いて、「書店が公共図書館に取って代わる.」とも伝えられた米アマゾンの実店舗である「Amazon books」と日本の蔦屋家電の写真を紹介。次のように締めくくった。
「われわれは貸し出し、かれらは購入をしてもらおうとしているがあとは一緒だ。どのような形のサービスを提供するにしても私たちは読書を奨励する」
日本では2000年代初め、ニューヨーク市立図書館を紹介した本(「未来をつくる図書館 -ニューヨークからの報告」(菅谷 明子著、岩波書店))がヒットし、全国の市立図書館のレベルでも比較的簡単に始められそうなビジネス支援などのサービスをコピーする動きがみられた。しかし、この時は本来同レベルのサービスを目指すべき都立図書館や道府県立図書館がダイナミックな展開をみせることはなく全体として小規模な変化にとどまった。
これに対し、今回の新北市は台湾を代表する5直轄市の一つとして先進地の事例を自ら消化したうえで新図書館に具現化している。建築を含め5つの賞を受けながら「スター建築ではなくサービスに重点」と言明し、同業だけではなくアミューズメント施設までライバル視する豪快な判断は、分野は違うが外見のデザインを重視した新国立競技場の華やかな設計問題を経験したばかりの日本にも良い刺激となりそうだ。
文・三木孝治郎(編集部)
<基本データ>:新北市 | <参考>東京都 |
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新北市=人口396万人台湾の首都台北市を取り囲むエリア観光地で有名な九フンも含む。 | 東京都=人口1335万人 日本の首都。 |
市内の図書館 102分館、職員800人、蔵書550万冊 来館者1700万人/年 | 都立図書館 2館、職員100人、蔵書245万冊 来館者40.4万人/年 |
1日24時間、365日開館。 | 平日11時間開館(土・日・祝7時間半) |
行政機構:5年前に台北県から新北市に昇格・改称したばかり。 | 都内の区立・市立図書館はすべて都とは別系統 |
中央図書館=床面積約3万m2、地上10F(うち1フロアは事務用)、地下3F。蔵書60万冊、雑誌1214種類、座席1822席、ボランティア276人、1日当たり来館者8000人(週末) | 中央図書館=床面積約 2万3千m2、地上5F、地下2F。蔵書188万冊。座席約900席。 |
タイトル写真:新北市の新中央図書館(新北市立図書館提供)