世界に羽ばたく日本の「ソウルフード」ラーメン
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濃いスープに恋して食べ歩いた大学生時代
煮干ラーメンをご当地ラーメンに掲げる青森に生まれ、高校時代から趣味のラーメンを食べ歩き、大学進学にともない上京した。実家という規制のない食生活は、ますますラーメンへとのめり込ませた。一人暮らしを始めた1998年当時、青森のラーメンと東京のそれとの違いはスープ濃度だった。
あっさりとした醤油ラーメンしか知らなかった自分に、博多ラーメンや横浜家系ラーメン*といった、豚骨濃厚なラーメンは衝撃的で、より濃度の高いスープを求めてバイクを走らせたのを覚えている。大学の昼食は必ずラーメン。キャンパスは渋谷と横浜というラーメンの激戦区にあり、毎日の食べ歩きは充実したもので、学科の仲間と集まってはラーメンについて意見を交わし、その延長で大学公認サークルとして「ラーメン研究会」を開いてしまった。それが転機となりTV東京「TVチャンピオン ラーメン王選手権」への出場や雑誌取材など、メディア関係の露出が増えることになる。
(*「家系ラーメン」とは豚骨スープに太ストレート麺が特徴の神奈川県を中心に広がるラーメン業界の系統。横浜市の『吉村家』で修業した弟子が出す「~家」という屋号に由来している。)
最低1日1杯、ラーメン探究は続く
最初にラーメンガイドブックを監修したのは2004年青森県内版だった。それまでも雑誌の特集などで単発の原稿は書いたことはあったのだが本一冊というのは初めてで、100軒以上を2カ月で取材する過酷なスケジュールだった。しかしそれをこなし販売まで持って行けたということが自信になり、その後10年で計20冊以上のラーメン本を出版できたことは私にとって誇れる実績になっている。
最近ではTV関係の仕事も増えてきたが、やはり根本となっているのはラーメンの食べ歩きだ。食の幅を広げようと最近では焼肉や寿司などラーメン以外のジャンルも視野に入れているため、昔に比べラーメンの比率は落ちてきているが、それでも1日1杯以上のペースで日々ラーメンを研究している。
たかがラーメンと侮るなかれ、ラーメンが好きというのは万人に共通の話題で、大手企業の社長やスポーツ選手、女優やタレントまで幅広いラーメン仲間ができた。今後はその人脈や経験を生かし、ラーメンを語ることにより何が起きるのか。ラーメンを作ることにより誰が喜ぶのか。がむしゃらに走ってきた今までとは異なる、着実なラーメンへのアプローチができれば、更なるラーメン業界の発展につながると思っている。
「拉麺」からラーメンへの変遷
ここまで私を、そして万人を虜にする日本のラーメンはいかにして生まれたのか。
その前に、まず現在一般的なラーメンとは何を指すかを確認しておこう。自著から引用するなら、「ラーメンはスープと麺とトッピングが調和して構成される麺料理である。スープの材料は基本的に、豚骨、鶏ガラ、魚介(煮干し、カツオ節、昆布)が使われる。そこに香味野菜がプラスされると動物系特有の臭いが減り、味に深みが出るのだ。味はタレと呼ばれる醤油、味噌、塩の基本調味料で区別しているが、最近では豚骨や鶏白湯といった素材の香りを活かす味も人気を集めている。麺は小麦粉を練り込む際にかん水(アルカリ性水溶液)を使用し、特有の滑らかな食感を出している」。(出典:『ラーメンガイドブック 英語対訳つき』)
中華料理だった「拉麺(ラーミェン)」が、時代の変遷とともに「支那そば」「中華そば」と呼称を変え、国民食として親しまれるようになった不動のグルメ。ではなぜそうなり得たのかを振り返りたい。
明治43(1910)年、当時日本一の繁華街として栄えた浅草に、横浜中華街のコックを呼び寄せ『来々軒』が開業。「支那蕎麦」を看板に掲げ提供されたのが現在確認される日本のラーメンの最初といわれる。歌舞伎や映画など最先端の街で、娯楽とセットで食べられたラーメン。当時としてはまだまだ認知の低い外国料理だったが、物珍しさと日本蕎麦に類似した親しみやすさから人気が出たのは容易に想像できる。
昭和初期、札幌や(福島県)喜多方、(福岡県)久留米など、全国にラーメンを広めたのは中国人。まさに中華料理の一つとして馴染みの浅かったラーメンだが、より日本人らしい今のラーメンに近いものができてきたのは戦後のようだ。戦地から引き揚げた兵隊や、お米に比べ入手しやすかった小麦を使うラーメンが屋台などで急激に全国に広まった。東京を始め九州の豚骨ラーメン店や札幌の味噌ラーメン店など、老舗の創業年は昭和20年代(1945~54年)に集中する。
インターネットの「生」情報がさらなるブームを生む
東京で「支那そば」や「中華そば」として日本蕎麦の延長として考えられていたラーメンが、新しい文化として変革を迎えたのが味噌ラーメンと豚骨ラーメンの全国展開。それまで地方食としてとらえられていたご当地ラーメンが、昭和40年代(1965~74年)インスタントラーメン化やフランチャイズ展開などで広く普及し、札幌味噌ラーメンや博多豚骨ラーメンなど基礎となるジャンルが形成された。
そして現在にいたるラーメン人気を支えるのはインターネットの誕生に他ならない。1995年Windows 95が発表されまたたく間に広がった通信網。それまでTVや紙媒体で受け取るしかなかった情報が、ウェブのホームページやSNSなどで相互通行になり、生の声を反映した情報を共有することが可能になったのだ。
生きた情報―すなわち新店や裏メニューの提供、旅行先の人気店などタイムリーな情報を無料で入手でき、またそれらを発信できる。全国約30000軒という膨大なラーメンの情報量とインターネットの特性は合致し、ラーメン人気は一気に高まったと言える。時代はPCからスマートフォンへと移り変わり、ますます利便性の増したインターネット環境。情報と共生するラーメンの未来は明るい。
世界が認知した「日本食」ラーメン
2014年10月、なんと言ってもラーメン業界を賑わしたのは「ミシュランガイド2015 東京版」にラーメン店が掲載されたことだ。星は付かないが、5000円以下で食べられてコストパフォーマンスが高い調査員お薦めのレストラン「ビブグルマン」のセクションで、22店のラーメン店が掲載された。
「国民食」と日本人が呼ぼうと、外国人にとっての日本食は「天ぷら」や「寿司」。それまでラーメンはまだまだファストフードや中華料理の一ジャンルとして認識されていたのだが、ついに世界的なグルメガイドに独立したフードとして掲載されたわけだ。要するにラーメンが日本食として世界に認められたと言っても過言ではない。
さらに2014年クールジャパン機構が豚骨ラーメンで世界展開する『博多一風堂』に20億円の融資を発表。日本食としてのラーメンが世界にはばたく準備が整ったといえる。
海外進出のパイオニア『味千ラーメン』
ラーメンが世界に進出するきっかけになったのは九州・熊本の一ラーメン店『味千ラーメン』だ。1994年台湾へと海外1号店をオープンし、95年に北京、96年に香港へと立て続けに出店。特に外食市場が盛んな香港市場への出店は『博多一風堂』や『麺屋武蔵』など、ビッグネームの海外展開に影響を与えた。
現在『味千ラーメン』の海外店舗は約700軒。日本国内で最大のラーメンチェーンが500軒という数字を見ても、その規模の大きさが伺える。
『味千ラーメン』が土壌を作った香港に、2010年満を持して出店したのが『博多一風堂』。香港最大の外食企業「マキシム」と合弁を組み、既に香港4店舗を展開し上海や韓国、インドネシアにも進出中。2008年に進出したニューヨーク店は、米国口コミサイト「YELP」にて全米No.1を獲得。ニューヨークラーメンブームを巻き起こしている。
そして2015年現在、ラーメン業界において最も注目なのが大阪の塩ラーメン専門店『龍旗信』によるミラノ万博(~10月末)出店だ。万博というグローバルなイベントで、日本食代表として出店するラーメン。「oriental flavor」を掲げ、アジアの代表という意気込みをみせる。
「ハレの日」には豚骨ラーメンを
中国、香港、台湾やシンガポールを始めとして、アジアを中心に急激な広まりを見せるラーメン。現地の「拉麺」と区別し「日式拉麺」と呼ばれることが多く、現地の麺類が一杯200円なのに対し、日本のラーメンはその3倍以上の価格設定。出店するのは大型商業施設や人通りの多い一等地で、現地の人にとって日本ブランドのラーメンは家族や恋人同士で訪れる「ハレの日」の食べ物として定着しているようだ。
また海外で活躍するラーメンのジャンルとしては、豚骨ラーメン店が頭一つ抜きん出ている。世界一の店舗数を誇る『味千ラーメン』しかり『博多一風堂』や『豚王』、また魚介系ラーメンのパイオニアとして名を馳せた『麺屋武蔵』までもが豚骨ラーメンを提供し、アジア各国で展開。かつて東京がそうであったように、ラーメンに対する嗜好はより濃厚なものが好まれ、あっさりとした自国の麺類と明らかに異なる豚骨ラーメンが市民権を得たのだろう。
2013年世界無形文化遺産に登録された「Washoku」は、「保護・継承」が望まれる伝統的食文化だ。だが「日本食」ラーメンは進化を続けることで、抜きんでた人気を誇る。
米に並ぶ収穫量で、世界中で生産される小麦。その小麦を原料とするラーメンがグローバルフードして世界に羽ばたき、世界各地のご当地ラーメンを食べ歩きできる時代が来ることを心より望む。
(2015年7月6日 記)
タイトル写真=アメリカ・ニューヨーク市内の「一風堂」でラーメンを楽しむニューヨーカーたち/ 時事